愛の日記


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ぐれた人は揺れる 騒々しい 2016年07月30日(SAT)

  私達はどこからエネルギーを得ているのかの問いには、食物からと今の科学では答えるわけです。

カロリーと栄養を取らないと生きられない、、、となるのですが、違うような気がします。

それ以外の考えは科学にならないし、嘘と言われるのでそういうことにしておきますが、いずれ違った科学が出てきて、これまでの常識を根底からくつがえすことになると思います。

人は外界とのギャップが解消する際のエネルギーで生きているのです。物には何の力もありませんので、目に見える食物やカロリーや、計測できる栄養素で生きているわけではありません。

数値化できるもの、計測できるもの、観察できるものには、何の力もない、、、これがフリーエネルギーの正しい考え方です。

すべてのものは、フリーエネルギーによってこれまでもこれからも生きているのです。それをあたかも物に力があり、そこから得られる栄養などの、計測できるものによって生きているという、信仰がつくられているのです。

本当は科学ではなくて、信仰なのです。私達は科学ではなくて、信仰の時代を生きているというのが私の考えです。

大宇宙を動かす動力などあるわけがありません。それ自体がエネルギーを生み出して動いているのではないでしょうか。

それ自体が生み出すエネルギーというのは、どこかの物から得るエネルギーとは違うのです。大宇宙を動かすエネルギーはどこかの物からもってきてなどいない、無のエネルギーです。

無からエネルギーをもたらすのは、ギャップであり、反作用です。大宇宙も私達も、本当は無からしかやってこない、計測できない、エネルギーによって生かされてきたのです。これからも同じです。

無からどうやってエネルギーを取り出すのか、、、無なのだから、無でしかないのではと、誰もが思ってしまうことでしょう。

どうしても無の働き、、、すなわち意識が本体であるとの認識が宇宙や人、すべての存在を考える際に必要になるのです。

肉体と意識と、二つあることは誰でも認めてくれますが、本体がどちらなのかは、残念ながら、肉体が自分だと思うケースがどうしても多くなります。その結果が現代のあらゆる問題を生じさせるのです。

意識は計測できず、観察することもできませんが、確かにあるものです。意識が途絶えたら気絶です。

気絶しながら活動できる人はいません。意識がエネルギーだからです。大本は肉体にあるのではなく、意識にあるのです。

昔、心がどこにあるかと肉体を解剖して調べた野蛮な時代があったと言います。今でも十分に野蛮なのです。物にしか力がないという信仰は十分に野蛮なのです。

だから、お金など、人が作ったものに見事に騙されてしまうのです。

お金が神にまでなった時代ですが、お金は人が作ったものであり、しかも株式会社が作ったものです。中央銀行は株式会社です。

物に力があると思うから騙されるのです。自分を物だと思うから、肉体だと思うから、物に支配されるのです。

それはフリーエネルギーではありません。フリーエネルギーは無限です。無からやってくるためです。

では物には何の力もないという考えはわかりましたが、意味はないのでしょうか。答えはあるのです。

物によって作用をこの世に現出せしめることで、反作用を呼ぶことができます。作用を起こすことで、現実界にギャップを作ることができるのです。

ギャップができれば、それを元に戻そうとする無の力を呼び込めます。宇宙は、無限の無には、物質界のギャップを、意識のギャップもそうですが、あらゆるギャップを埋めあわせ、元に戻そうとする性質があります。

その際にエネルギーが持ち込まれるのです。エネルギーがなければ、物は元に戻りません。

音を立てれば、音はやがて静かになります。無が音を元に戻そうとするからです。

私達はそうしたギャップからすべてのエネルギーを得てこれまで生きてきたのです。これからも同じです。

歩く、、動く、、、声を出す、、、あらゆる動作は周辺との間にギャップを常に作り出します。ギャップさえできれば、常にそこには、元に戻そうとする力が瞬時に働きますから、常にエネルギーが吸引されるのです。

私達はその力で生きているのです。食べ物や栄養には力はないのです。しかし意味はあります。

ギャップを作る意味が物にあるからです。食べる時に口が動きます。口が動けば、周辺との間に圧力差やギャップを生じ、口の中にはエネルギーが入り込みます。

良く噛んだ方が身体によい、、、は、ですから本当なのです。それだけギャップ解消の際のエネルギーを多く取り込めるからです。

飲み込めば、食堂が動きます。食堂に食べ物が通過する際、ギャップが生じます。その都度エネルギーが入ります。

胃袋に行けば、胃が動き出します。食べ物が入った胃袋は、温圧が上がり、胃の動きによってギャップが作られ、周辺圧よりも高くなり、エネルギーが吸引されます。

よって、食べることで胃袋はエネルギーを得ているはずです。そのきっかけが食物であって、食物に栄養があるのではなく、食物は胃の圧を高め、周辺にギャップを作り出すための条件づけとなっているのです。

それがあたかも、食べると体に栄養が取り込めると思い込んでいるだけです。そういう信仰なのです。

次に腸に入った食物は胃液と合わさって非常に圧が高いものになっていると思いますが、再び腸でもギャップが作られます。

そして肛門から排出されるまで、いたるところでギャップを作り、エネルギーを取り込む儀式のように通過していくのです。

食べ物についている思いや意識がさらに大きな役割を果たすと思うのですが、それについては複雑になるし、私もわからないところが多いので省きますが、食べることは、栄養などという小さな視野では語れない、エネルギー取り込みの儀式と思われるほど神秘なのです。

次ぎはつまらない言い方になりますが、わかりやすくいうと、身体は動かせば、そこにギャップが生じ、エネルギーを取り込めます。

口を噛み、喉を震わせ、、胃袋周辺を震わせ、腹を振るわせれば、それだけでも周辺との間にギャップができますから、エネルギーを取り込めます。

ふるべゆらゆらとふるべ、、、は古神道の呪文として有名ですが、それを語れば、死んだ人も生き返ったと言われています。

死んだ人が生き返るかどうかはよくわかりませんが、ふるべゆらゆらゆらとふるべ、、、は、まさに本当のことで、それこそが唯一の宇宙の原理なのです。

身体をゆすれば、ギャップができ、エネルギーを取り込めます。しかし、運動のように、体操のように、激しく行えばよい、、、というものではないのです。

逆効果になるだけです。揺れは小さく、意識と一体となったものが最高です。おそらく瞑想などで身体が意識と一体となった静けさは、高速回転する駒のように静止しているものの、微振動を続けているのです。

そこから得るエネルギーは非常に大きなものがあるはずです。人は体と意識が一体化となった際に静寂となるのですが、その際には、高度のエネルギーが取り込めます。

それができず、肉体のみで、エネルギーを補充せざるを得ないとき、人はぐれたように、揺れ、騒々しくなるわけです。そうしないとエネルギーを取り込めないからです。

さて、フリーエネルギーセミナーが下記のように決定しました。当日の講師は三名になりました。私と、土橋重隆医学博士、そして、飯島先生の一番弟子であり、飯島先生の後継者とも言える、釘本ひろみ先生がお見えになり、講師になっていただく予定です。

釘本先生のご参加を得られることで、これは大変なセミナーになるとの直観があります。縁ある方のお出ましを心からお待ちする次第です。

日時は9月6日、午後6時から9時まで。場所はJR渋谷駅から6分の場所で、わかりやすいところです。セミナー料金は12000円。軽食とお飲物のご用意があります。内容は、三人の先生方のお話し。そしてペアを組んでフリーエネルギーの実践。ミーティングなどです。

本日からカートでの受付が始まりました。お早目のご予約をお願いします。定員に達したら閉め切らせていただきます。

マドモアゼル・愛 公式SHOP
 


夏休みのお知らせ&フリーエネルギーストロー夏のワークショップ 2016年07月30日(SAT)

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8月に入りましたら、下記の二回にわけてお休みをいただく予定です。

8月7日(日)―8月15日(月)  
8月21日(日)―8月30日(火)

上記期間は夏休みとさせていただき、休養と研究を兼ねた日を送る予定です。尾山台のSHOPはお休みしますが、ブログはアップは続きます。また、カートでの商品のご購入はできますので、マドモアゼル・愛公式hp&愛先生のお店番をぜひご覧ください。

本日、7月30日(土)は、通常通りのオープンです。写真の八の字にくねったものは、フリーエネルギーストローです。
あなた専用のフリーエネルギーストローを尾山台のお店で私と一緒につくりませんか。

材料はすべてそろっています。完成したフリーエネルギーストローはお持ち帰りいただき、お使いください。丈夫なストローですので、洗いながら半永久的にご使用になれます。

費用は材料費、指導料、お持ち帰り分すべて込みで、3000円。お時間は30分ほどで完成します。三か所にMIミニサークルをはめて、吸引力をアップしたストロー。八の字型にも意味があるんですよ。

飲み物にエネルギーが入るとどんな味に変わるか、、、楽しんでください。
フリーエネルギーストロー夏休みワークショップのご案内でした。

マドモアゼル・愛 公式SHOP
 


セミナー開催します 2016年07月29日(FRI)

  これまで池田山にオフィスがあったときはセミナーをよく開催しましたが、尾山台のお店もようやく落ち着いたので、セミナーを再び開催いたします。

まず最初は8月4日と5日の両日に披講セミナーを。次いで9月の6日は、フリーエネルギーセミナーが決定。

披講セミナーは今回で四回目になるでしょうか。日本文化の根底にある和歌。それを古来の節回しで歌う披講は、歌会の形式と共に日本文化を根底から支えてきたのです。倍音、母音、和歌、、、あらゆるものの根底にある文化の本質を語り、実践します。

せっかく日本語をしゃべっている私たち、、、その言霊の秘密と実践の貴重な機会をお見逃しなくご参加ください。

次に9月6日は、フリーエネルギーセミナーを初開催。私の他に、土橋重隆医学博士、そして飯島先生の一番の直弟子であり、テネモス財団理事長である釘本ひろみ先生の三名の指導のもと、最初のフリエネルギーセミナーは開催されます。

世に多くのフリーエネルギーはありますが、その根本の理論をきちんと説明できるものは皆無です。無にしかエネルギーはないということがわかっていないので、きちんとした説明ができないのです。

フリーエネルギーについて、その内容をきちんと説明解説できる論理は飯島先生です。土橋先生、釘本先生、そして私も、皆飯島先生から学び、そのことを知りました。なので、フリーエネルギーとは何かを、ちゃんと説明できるのです。

本日、ロシアの研究施設で、放射能を分解中和する方法が発表されたとニュースで見ました。レザー光線を与えるという内容なのですが、ほとんど短時間のうちに放射能を分解するといいます。

しかし、その現象は確実なのだが、それがなぜだかわからない、、、という内容。宇宙の法則はたったひとつですから、それは私たちにはわかるのです。

レザー光線によるギャップが作られ、それを埋め合わせようとして、エネルギーが訪れて、放射能は中和されたのです。それ以外に答えはありようがないのです。

しかし、物理現象を追いかけ、それを究明しようとする現代の物理では、それがわからないのです。

無にしか力はないのです。無に戻す前提条件にギャップが必要なのです。レザー光線がそのギャップを作った以外に絶対に理由はないのです。

この宇宙の方式を知っていれば、色々なものを使ってギャップをつくり、それを埋め合わせしてもとに戻そうとする現象を起こすことができます。それがフリーエネルギーです。

今回のセミナーではこうした理論、及び、その実践を行う非常に面白いセミナーになると思います。

フリーエネルギーセミナーは、まだカートでのアップはしていませんが、数日中にカートにアップする予定です。披講セミナーの方はすでにカートアップを終えていますので、カートからのご予約可能です。

尾山台のSHOPでは、いらっしゃった方は、どちらのセミナーもご予約が可能です。

久々に始まるセミナー。まずは披講セミナー。そして9月はフリーエネルギーセミナーです。披講セミナーは二日間にわたって行ないます。費用は二日合わせて28000円。

フリーエネルギーセミナーは9月6日の午後6時から9時までの三時間。参加費用は12000円です。フリーエネルギー理論を三名の先生から。また実践編はペアを組んで行います。

場所は披講セミナーは私の尾山台のアトリエで。フリーエネルギーセミナーは渋谷駅近くの会場で行います。

マドモアゼル・愛 公式SHOP
 


夏休み 2016年07月20日(WED)

  今年の夏休みは多少大型のお休みをいただく予定です。

お休みというよりも、研究期間に当てる予定です。何を研究するかというと、本日動画でもご案内する、光エネルギーについて調べたいのです。

光には、物に何の力もないように、光も物質というか電磁波でありエネルギーなので、光自体には何の力もないというのが、私の立場です。

光にも物にも音にも、それ自体には何の力もありませんが、無のエネルギーを呼び込む条件作りに使用することができます。

チューナーの音には何の力もありませんが、音を元にもどそうとする無のエネルギーを呼び込むことはできます。

あらゆる作用には、必ず、反作用が伴い、それこそが無のエネルギーを呼び込むのです。

あらゆる物は、そうした道具立てであり、条件作りに使うことができます。

人間が生き、存在するということも、まさに、作用を起こし、宇宙の反作用を招き、無のエネルギーを取り込む
存在であることです。

その際に、人が金太郎飴であっては、作用が一つとなり、複雑で高度な反作用を呼び込めません。

皆同じ意識を持ち、皆同じ行動をし、皆同じ考えを持つ、、、、これほど不気味なことは本当はないのです。

なぜ、人の顔も体も皆違うのか、、、一つとして同じものがないという秘密がそこにあります。

百花繚乱こそが本来のあるべき地上の姿であり、健康な発展はそれによってもたらされます。

異なる、、思いも寄らぬ作用が、それによって保障されるからです。

金太郎飴の作用ではこの世の中はエネルギー不足に陥ります。

同じ文章を読まされ、同じ会話を聞き、同じ返事をしなくてはならない世界では、エネルギー不足に陥り、必ず問題が起こります。物質にエネルギーが取り込めなくなるためで、物質が崩壊過程に入ってしまうからです。

人間も地球も同じです。エネルギーを無から取り込められているうちは、物質は美しく、豊かに存在しますが、多くが同じ考えに陥り、同じ価値観に陥り、同じ行動を余儀なくされると、地上にはエネルギーが不足し出します。

その際、人間の意識圧に地上は従いますので、人間世界が平板化し、公式化されたような作用しか起きないと、無から取り込むエネルギーは不足して、地上の物質は崩壊過程に入るのです。

自然が荒れだしているのも、人間に元気がなくなっているのも、社会の病理も、すべてエネルギーの不足が原因であり、物質が崩壊過程に入っていることを意味します。

海の死は近いと言われます。海の死は大量の海水がエネルギー不足に陥ることで、大気圧に海が負けることを意味します。

圧が高い方にエネルギーは流れますから、海からエネルギーが大気に逃げ出し、海は腐っていきます。

海はそれを阻止するために、波や海流でギャップを作ります。ギャップを作ればそれを元に戻そうとして無からエネルギーが取り込めるからです。

そのため、嵐が多くなる、、、海が荒れる、、、台風が多くなる、、、という自然災害に見舞われるわけですが、海が取れる手段は限られていて、優しい海は、結局、大気にエネルギーを奪われ、死へと向かうことになるでしょう。

海の死がもたらす影響は人に何を与えるでしょうか。死が海岸から訪れ、やがて陸に上がっていきます。

海の死はイノチの死であり、人の死を意味します。

大地もエネルギー不足に陥っています。アスファルトでふたをし、息が思うようにできなくなりつつある大地。

いよいよ苦しくなれば、また、海の惨状を救う意味でも、大地が取る行動は、天地逆転という、陸が海に、海が陸に、、、の大ギャップ作りにならざるを得ません。

天地さかさまになれば、大ギャップとなり、それを元に戻そうとして、ものすごいエネルギーが無から訪れます。

新たな地球を再生し、清らかな海に、清らかな大地に戻すことが可能なのです。

しかし、そうなればそこに暮らす動植物、人間はどうなるでしょうか。大地が寝返りを打てば、地球は再び美しい自然を取り戻すことができます。

しかし、人間の運命はどうなるのでしょう。

私たちは簡単に自然に優しく、、、などといいますが、そんなレベルの話しでは済まないのです。

霊長というなら、地球と海を美しく、エネルギーに満ちたものとして長らえさせる使命が人間にはあるのです。

それを忘れたとしたら、地球は自分を守る以外にありません。

フリーエネルギーの法則がわかれば、自然を破壊することがいかに危険かが、理解できるはずです。

ギャップを作れば、自然界は復活するのです。大きなギャップを作らずとも、自然には本来は永遠性があったのに、それを奪ったのが人間なのです。

また人間の手によって、元に戻す以外に方法はありません。

インチキな経済と金融を止め、その上で自然を復活させる道筋となるのですが、まずは人の意識によるスタートしかないのです。

とにかく純粋であること。反作用にしか力はないのですから、純粋なもの以外、終末においては意味がないのです。

作用が悪かったから、反作用がひどかったのです。作用は下からでもできる道です。

小さな作用でも純粋であれば、岩をも動かします。辛子だね一粒程の信仰があれば、あの山に動け、、といえばその通りになるであろう、、、とは、イエスの言葉です。

意識がすべてを作るのです。フリーエネルギーとは意識優先の世界の実現でもあります。そしてそれは理想ではなく、事実に基づいているのです。

私の尾山台の店には、今、扇風機が二台置かれています。一台は左手に、一台は右手に、二台の扇風機から出てくる風は、中央でぶつかり、勢いを弱めます。

それは、風と風がぶつかり、ゼロ磁場同様のゼロ風地点を作っているからです。拮抗するゼロの現象は、ギャップの解消と同じで、そこに無のエネルギーが取り込まれるのです。

二台の扇風機の前にいると、なんだかとてものんびりした気持ちになってきます。扇風機嫌いな私もその前にいると非常にリラックスし、豊かな体感になってきます。

同様に、水と水が合流するところも、当然エネルギーが取り込まれるでしょう。

親潮と黒潮がぶつかり合う海域は、漁場になると小学校の地理で習った記憶があります。しかし、暖流に乗ってきた魚が、突然冷たい海流に当たったら、そこにずっといるでしょうか。私なら、冷たい海流から逃げ惑うと思います。

二つの海流がぶつかるから魚が多いのではなく、実は、そこがエネルギースポットになるからではないでしょうか。寒暖のギャップを埋め合わせる際にエネルギーが入りこむためです。

今回はふたつの光源が作るギャップを利用して、エネルギーを取り込む方法を動画にしてあります。

ぜひ皆さんも二つの懐中電灯を使って、実験されてみてください。飲み物の味がどう変わるか、、、傷や体のシミや古傷がどう変化するか、、、

原理は本当に簡単なのです。光と光がぶつかってギャップを埋める際に、何が起きるのか。

もちろん、科学では問題にしない発想ですが、それは科学が間違っているからだと私は思います。

光に力があるのではなく、水に力があるのではなく、海流に力があるのではなく、重さにも、人にも、物にも何の力もない。

何かには、何の力もないのです。作用が反作用をもたらす際に力がやってくるのです。ギャップが修正されていく際に、エネルギーが来るのです。

求めよ、、、さらば与えられん、、、すでにある物には意味がないのです。

ある物を欲しがるから戦争になるのです。求めればよいだけです。無から無尽蔵に得られる時代がやってくるのです。



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物にも現象にも何の力もない 2016年07月19日(TUE)

  結果主義が横行しています。ヘッドハンティングが重視するのも、即戦力だそうですし、家の中でも、旦那がいくらかせぐかが、大きなテーマになってしまいました。

ひと昔前なら、旦那がいくら稼ぐかよりも、何をやっているかが、重視されたように思います。

ともかく今は結果主義です。でも結果にはそんなに意味があるのでしょうか。

フリーエネルギーの考えでいうと、結果には何の意味も力もないのです。結果はすでに終えたことであって、もう放っておけば良いことなのです。

しかし私たちは結果を重視し、結果によってまるで未来が決まると勝手に考えてしまいます。

わかりやすく病気を例にあげてみましょう。例えば、癌などの重病にかかった人がいたとしましょう。

結果には何の力もない、、、との立場に立てば、癌は放っておけば良いものとなります。

しかし私たちは癌になったら大変だとばかり、色々な治療法を探し、自然療法だ、食事療法だと、、、色めきたちます。

気持ちの上ではそれは確かにわかりますし、何としても治したい、、、と思うのは自然な人の情だと思います。

自分自身癌になったことを思えば、同じようにきっと考えてしまうと思いますが、やはりそれは間違いなのです。

癌は結果ですから、結果を生み出すところの原因が何かあったはずです。

病前の生活や病前の悩みや無理など。また、本当に大きいのは、病前のその人の意識ですが、そうした原因があって、その結果として癌になったわけです。

癌は結果であって、何か、偶然に運悪くできたものとは違うのです。この世はすべて原因と結果が対になっていますから、偶然はありません。

必ず、原因があるのです。とくに意識がもたらす面が大きいので、そのことがなかなかわかりにくいのだと思います。人の意識は癖や枠にはめられて、なかなか変わるものではないからです。

しかし、言えることは、確実にその意識が癌などの重大な病気をもたらすのです。食べ物や習慣は次の原因です。意識が最終的に物事を実現させるのですから、病前意識が重要です。

しかし、私たちは癌にかかった場合、運悪く癌になったと思い、病前意識がそれをもたらしたなどとは考えません。そのため、早く治して、また元の生活に戻らねば、、、と思ってしまいます。

病前の生活とそれをはぐくんだ意識が癌を生み出したというのに、早く治して、また元のように暮らしたい、、、だから治るわけがない、という道理となるのです。

本当は結果は放っておく、、、それが癌であろうが貧乏であろうが、どんな苦労であっても、結果は恐れることはないのです。結果にはもう力もないのですから。

結果主義はその際に邪魔になります。結果がすべて、、、となれば、何としても悪い結果を排除し、それを治したり、良くしようと思ってしまいます。

しかし、大きな原理に照らし合わせていうなら、結果を結果で変えることはできません。分子同士がいくら争っても助け合っても、分母が伴わなければ整数にはならないように、結果は結果であって放っておく以外にないのです。

では、永遠の結果に私たちは甘んじなくてはいけないのでしょうか。そこが違うのです。結果は放っておくしかありませんが、この世は、いくらでもやり直せるところなのです。

あの世とこの世、霊的世界と現実世界の違いは、やり直しがきくところが大きな違いなのです。

うまい具合に思ったことが実現するには、ある程度の時間がこの世ではかかる、タイムラグがあります。あいつ、殺したい、、、といくら思っても、そのうち気分も変わるし、むしろあいつのこと、本当は好きだ、、、というくらい、大きく変化してしまうのが、この世の私たちです。

霊的世界は一直線ですから、嫌いは嫌い、、で永遠になりやすい。なので反省もしにくいし、気づきにくい世界です。

やり直しができるこの鈍い現実世界のありがたさがこの世の特徴なのです。まさに愛の世界です。

なので、意識を変えるには、この世はチャンスがいっぱいあります。癌になる、、、死ぬかもしれない、、、だからこそ、これまで考えもしなかった新しい自分が見えてくる、、、、

新しい意識が芽生える可能性が出てくる。すべては意識がつくりますので、癌になって、それを放っておいて、病前意識の問題点にもし気づくことができたら、、、、それはこの世でしかできない、恐ろしい発展を生み出すのです。

新しい意識、、、癌になったことによって芽生える新たな生命観、、、自分の人生、、、人が生きること、、、私たちの世界、、、残される者への思い、、、人間や地球への思い、、、植物や動物への思い、、、、

自分の肉体の危機に際して、どんなにか新たな意識が芽生える可能性があることでしょうか。

病前にはなかったこれらの意識の開花の前で、人は、もちろん治りたいが、治ろうが治らなくても、もうかまわない、、、、という意識の段階に至ることがある。

奇跡はそうした際に起こるものなのです。なぜなら、新たな意識が芽生えたら、新たな意識は新たな結果をもたらします。

癌という過去の意識の産物はもう新たな意識の前で不要なものになるのです。

貧乏も同じ、、、失恋も同じ、、、すべて不幸と思える結果は、新たな意識を得る階段になってくれる、本当はありがたい構造をしているのです。

何としても、癌を治す、、、どんなに金をかけても治す、、新しい療法を取り入れて、何としても治す、、、

お金があるうちは癌は治らない、、、という話しを聞いたことがあります。治して、元に戻る、、、という考えに間違いがあるのです。

結果も現象もすべて何等かの原因があり、それ自体はすでに終えたものとなります。結果がすべてを支配し、運命を決めてしまうように見えるのは、意識が病気があっても変化してない場合に限ります。

日本で言えば、原発事故があったにも関わらず、再び同じ道を歩もうとしている、、、これは非常に怖いことです。さらに大きな現実が起こることを確定させたわけですから。

意識を変えようとしない政治は必ず大きな問題を引き起こして大勢の道連れを要求することになるでしょう。

ひどい話しですね。癌になっても考えを変えない人、、、原発事故が起きても考えを変えない政府、、、エネルギーの法則から言うと、とても危険なことなのです。

物と現象には何の力もない、、、フリーエネルギーの原則です。物や現象に力があるうちは、フリーエネルギーにはなりません。

無にしか、意識にしかエネルギーはないのです。法則はもちろんあります。

圧の高い方にエネルギーが集合します。

ギャップを埋め合わせる際にエネルギーが集合します。

物理圧よりも意識圧が優先されます。イノチはひとつという意識圧よりも高度な圧はありません。

なので、自分だけが、、、という優劣の発想は、最終的に不自然な狂気の世界を現出させ、自滅していきます。

この世にもし悪い宇宙人がいたり、悪い人が上にいたりして、一定の空間を支配できても、そこに永遠性がないのは、宇宙の法則によって決められているのです。

意識の全体性の方向は、自然そのもの。物の永遠化を願う意識は人を肉体と捉え、臓器移植やクローン化を目指す方向でしょう。しかし、答えは見えています。

物と現象には何の力もない、、、、という時点に立たない限り、次の新しい世界は私は訪れないと思います。

ただ、その時点に立って世界を捉えるなら、驚くようなことが開示され、信じられないような出来事が、奇跡が簡単に手にできるようになるのです。

具体的にそれは何なのか、、、ほんの少しの少しですが、宇宙原理に照らし合わせて考えれば、信じられないようなアイデアの実現が無数にできます。

すべては本当はフリーエネルギーによって私たちは生かされていたのです。それを、あたかも人が発行しているお金で生かされていると思うほど、私たちは落ちぶれてしまっているのです。

このフリーエネルギーを積極的に利用応用すれば、信じられないことがたやすく実現できるようになります。

あらゆるギャップにはエネルギーが入るのです。そのギャップを埋め合わせようとして。いかにギャップを作り、それを応用利用するか、、、幾多の例をこれからお目にかけたいと思います。

尾山台の私のお店でも、色々な実験ができますので、楽しめると思います。

フリーエネルギーは簡単な原理なのです。しかし、難しいと思わされていただけです。また、幾多のフリーエネルギーがこの世にはありましたが、どれも、本当の基本原理に触れることがなく、限界があったと思うのです。

ギャップを埋め合わせる際にエネルギーが入る。反作用こそが宇宙に共通する唯一の力なのです。

そこに確信的な理解があれば、色々なものを開発することは簡単です。やがてそれらがあらゆる病気もあらゆる不幸も流し去る、喜びの時代が訪れるはずです。

いや、すでに訪れているのです。ただ実行すればいいだけです。すでに勝敗は決しており、不安も不要であれば大上段に構えることも不要です。

宇宙の当たり前の原理をただ享受するだけでいいのですから。自分に力があると思っているからできないだけです。人にも物にも現象にも何の力もないのです。

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